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略式命令とは? 前科はつく? 略式手続の流れや公判手続との違い
わが国における平均的な刑事裁判の審理期間は、おおむね3か月前後といわれています。審理期間が長引けば、被告人やその家族は、さまざまな制約を受けたうえで強い精神的負担を抱えたままの生活を余儀なくされるので、迅速な処理が求められるのは当然でしょう。
刑事裁判の迅速化を図るため、一定の条件を満たす事件に限っては、正式な公開裁判によらない方法で審理する「略式手続」が採用されています。では、略式手続とはどのような手続のことをいうのでしょうか? また検察官から略式手続を打診された場合、これに応じるべきなのでしょうか?
本コラムでは略式手続によって下される「略式命令」について、下される刑罰の内容や特徴、略式手続が採用される条件や正式裁判との違いなどをベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、略式命令とは
略式命令がどのようなものかを知るためには、まず「略式手続」の制度について理解する必要があります。略式手続の概要や要件を確認しながら、略式命令で下される刑罰をみていきましょう。
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(1)略式手続とは
「略式手続」とは、通常の公開裁判によらず、書面の審理のみで罰金・過料を言い渡す特別な裁判手続です。
日本国憲法第37条は、刑事事件の被告人に対して「公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利」を保障しています。これは、国民に広く裁判を公開することで、公平な裁判を保障する目的で設けられた制度です。
しかし、すべての刑事事件について平均3か月前後の期間を要する正式裁判を経ていると、裁判所の処理能力を超えてしまいます。そこで、一定の要件を満たす事件に限って簡易的な裁判手続を取ることで、迅速な処理の実現を図っています。
そのひとつが「略式手続」であり、略式手続のなかで裁判官が下す最終結論が「略式命令」です。 -
(2)略式手続の要件
略式手続が採用されるための要件は、刑事訴訟法第461条・第461条の2に規定されています。
- 簡易裁判所の管轄に属する事件であること
- 100万円以下の罰金または科料を科す事件であること
- 被疑者が略式手続による審判に書面で同意していること
「簡易裁判所の管轄に属する事件」とは、罰金・拘留・科料にあたる罪、選択刑として罰金が定められている罪の刑事事件を指します。窃盗や横領など、比較的軽微な罪の刑事事件については、簡易裁判所に第一審の裁判権が与えられているため、略式手続の対象です。
ここでいう「比較的軽微な罪」とは、法定刑が軽いことも重要な判断基準になりますが、さらに犯罪の動機や被害の程度なども大きく影響します。
簡易裁判所では3年を超える懲役を科すことができないので、窃盗や横領でも3年を超える懲役が予定されている場合は「比較的軽微な罪」とはいえず、略式手続の対象になりません。
「100万円以下の罰金または科料を科す事件」とは、犯罪の法定刑を指すのではなく、実際に下される量刑を指します。
これらの要件を満たしたうえで「被疑者が略式手続による審判に同意」していれば、略式手続の開始が認められます。たとえ簡易裁判所の管轄にある事件で、罰金額が100万円を超えることは予定されていなくても、被疑者自身が略式手続に同意しなければ、原則どおり公開の正式裁判によって審理されることになります。 -
(3)略式命令で下される刑罰
略式命令によって下される刑罰は「100万円以下の罰金または科料」に限られます。懲役・禁錮・拘留といった行動の自由を奪う刑罰が科せられることはありません。
2、略式手続と公判手続の違い
略式手続によらない場合は「公判手続」による裁判が開かれます。
令和5年版の犯罪白書によると、令和4年の検察庁終局処理人員の総数は74万5066人でした。そのうち、公判請求は6万9066人で全体の9.3%、略式命令請求は15万8531人で全体の21.3%となっており、公判請求と比べると略式命令請求のほうが多いことがわかります。
では、略式手続と公判手続には具体的にどのような違いがあるのでしょうか。
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(1)公判手続とは
「公判手続」とは、日本国憲法の定めに従って開かれる原則的な裁判手続を指し、一般的にいう刑事裁判とは公判手続のこといいます。
「公判」とは公開した法廷で開かれる刑事裁判を意味します。公開の法廷で冒頭手続・証拠調べ手続などを経て判決が下されることを公判手続といいます。
公判手続は、第1回の公判から判決までには通常2~3回の審理が必要であり、被告人が事実を否認しているなどの事情があれば判決までにさらに長い時間がかかることもあります。 -
(2)略式手続と公判手続の違い
略式手続と公判手続の大きな違いは3点です。
①審理の方法
公判手続では公開の裁判が開かれますが、略式手続では検察官が提出した書類を裁判官が読んで審理するため公開の裁判が開かれません。
②審理の期間
公判手続では冒頭手続・証拠調手続などを経て判決が下されるまでにおおむね2~3か月の期間がかかります。一方で、略式手続では検察官が略式手続の開始を請求して14日以内に略式命令が発せられます。
③下される刑罰
公判手続では、重い刑罰が下されることがあれば審理を尽くした結果として無罪になることもありますが、略式手続では「必ず有罪」となり罰金・科料が科せられます。
この点に注目すれば、事実に争いがない場合は略式手続のほうが被告人にとっても有利である反面、無実であるのに疑いをかけられている事件では、公判手続によって審理されるべきだといえるでしょう。そのため、事実を争いたい、自分の言い分を主張したいといった場合には、略式手続に同意する前に弁護士に相談し方針を決めることが大切です。
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- 被害者からのご相談は有料となる場合があります。
3、略式手続と即決裁判手続の違い
略式手続と同じく簡易・迅速な裁判手続として存在するのが「即決裁判手続」です。
略式手続と即決裁判手続の違いも確認しておきましょう。
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(1)即決裁判手続とは
即決裁判手続とは、事案が明白かつ軽微で、証拠調べの速やかな終了が見込める事件に限って採用される簡易的な裁判手続です。検察官が即決裁判手続の申し立てをすると、14日以内に公判が開かれ、即日で判決が下されます。
通常の公判手続とは異なり、証拠調べ手続の方法が大幅に簡略化されているため、早期の判決が期待できる制度です。
即決裁判手続が採用されるためには、被疑者・被告人および弁護人の同意を要します。
なぜなら、即決裁判手続も略式手続と同じく「必ず有罪となる」ものだからです。ただし、即決裁判手続によって下される刑罰が懲役・禁錮の場合は、必ず刑の全部について執行猶予がつきます。
なお、刑事訴訟法第350条の16の規定によって、死刑・無期・短期1年以上の懲役または禁錮にあたる事件は対象外となります。 -
(2)略式手続と即決裁判手続との違い
略式手続と即決裁判手続は、簡易・迅速な裁判手続という点で共通しています。
ただし、書面審理のみの略式手続とは異なり、即決裁判手続はあくまでも公判手続のひとつであり、公開の裁判が開かれます。
もっとも、被告人には公判期日に出頭する義務がある点、弁護人がいなければ公判を開けないという点は大きな特徴といえるでしょう。
なお、即決裁判手続によって下された判決内容に不服がある場合でも、事実誤認を理由とした控訴は認められません。
4、略式手続に応じることによる影響
略式手続は、被告人にとって有益をもたらすと同時に、不利益も生じさせてしまいます。略式手続に応じることによって生じる影響を理解しておかないと、思わぬ不利益を被ってしまうことになるため注意が必要です。
略式手続に応じることで生じる影響を確認しておきましょう。
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(1)罰金を支払えば直ちに身柄が解放される
略式手続に応じて略式命令として言い渡された罰金・科料を支払えば、直ちに身柄が解放されます。
正式な公判手続が取られた場合は、起訴後も被告人として勾留を受けることになり、保釈が認められない限りは判決が下されるまで釈放されません。
犯罪事実に異議がなければ、長期にわたる勾留を受けるよりも、罰金・科料の刑罰を受け入れて直ちに釈放されたほうが早期の社会復帰が期待できるでしょう。 -
(2)略式手続には無罪がない
略式手続は簡易的な裁判手続であり、裁判官が書面を読むだけで審理して命令を下す制度です。略式手続に応じることは被告人も罪を認めることと同じ意味をもつため、無実であるのに犯罪の疑いをかけられてしまっていた場合でも、無罪は期待できません。
無罪を主張するのであれば、正式な公判手続を選択して、公開の裁判で審理を受ける必要があります。 -
(3)必ず前科がついてしまう
略式手続を選択した場合は、必ず有罪となって罰金・科料の略式命令が言い渡されます。
たとえ罰金・科料であっても刑罰を受けた経歴がつくため、前科がついた状態になることは避けられません。また上述のとおり略式手続は公開の裁判が開かれないことから、「自分は不起訴処分になった」と勘違いしてしまうケースもありますが、それは間違いです。
前科がつく事態を回避するには、正式な公判手続を経て無罪判決を得るか、または検察官が起訴を見送るようにはたらきかけて不起訴処分を獲得するしかありません。
検察官が略式手続を打診してくる状況があるなら、犯罪事実が立証できるだけの証拠は出そろっている可能性が高いので、証拠不十分での不起訴処分は期待できないでしょう。
しかし、被害者との示談成立など被疑者にとって有利な事情がある場合は、あえて起訴を見送るとする「起訴猶予」での不起訴処分が期待できます。
安易に略式手続を選択するのではなく、略式手続が最善の選択肢であるのかを慎重に判断しなくてはなりません。
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- 被害者からのご相談は有料となる場合があります。
5、略式手続の流れ
刑事事件の捜査が進展し、検察官が起訴・不起訴を判断する段階が近づくと、略式手続の準備が始まります。略式手続の流れについて、順を追ってみていきましょう。
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(1)検察官から略式手続の打診を受ける
略式手続の開始には被疑者の同意が必要です。対象事件の捜査を担当している検察官が「略式手続が妥当」と判断した場合は、取り調べの機会に略式手続の打診を受けます。
このとき、検察官は被疑者に対して「通常の規定に従い審判を受けることができること」を告げなければなりません。
被疑者が同意した場合は、略式手続に同意する旨の書面に署名・押印を求められます。同意書面がないと略式手続が進められないので、口頭で了承するだけでは足りません。 -
(2)略式起訴される
略式手続に関する手続きは、検察官が裁判所に対して略式命令を請求することで行われます。
これを「略式起訴」といい、起訴状に略式命令を請求する旨の一文を加えたうえで、被疑者の同意書面を添付します。
すでに逮捕・勾留されている場合は、勾留期間が満期を迎える日までに略式起訴されますが、任意捜査による在宅事件では検察官の任意のタイミングで略式起訴されます。 -
(3)略式命令に基づき罰金を納付する
検察官の略式起訴から14日以内に、裁判所が略式命令を発します。
逮捕・勾留されていた場合は略式命令に基づいて罰金・科料を支払うことで刑の執行が完了し、直ちに釈放となります。在宅事件の場合は、裁判所から略式命令書の謄本と罰金・科料の納付書が郵送されてくるので、期限内に納付しなければなりません。
もし、略式命令の内容に不服がある場合は、命令の告知を受けた日から14日以内であれば正式な公判手続による審理を求めることが可能です。
略式手続に同意したとはいえ、公開の裁判を受ける権利まで失うわけではありません。
ただし、正式な公判手続を求めたからといって、刑罰が軽くなるわけではなく、略式命令と同じか、あるいは略式命令よりも重い刑罰を言い渡されてしまう可能性があることは承知しておくべきでしょう。 -
(4)罰金を支払わなかった場合は労役場留置となる
略式手続が取られた場合、略式命令によって下される刑罰は罰金・科料のみです。罰金を支払わなかった場合は「労役場留置」を言い渡され、おおむね日当5000円換算で労役場に収容されます。
たとえば、罰金50万円を言い渡されて未納となった場合は、日当5000円で計算すると100日の労役が必要となり、土日の休みを含めると4か月以上も一般社会から隔離されてしまいます。
6、略式手続を打診されたらまずは弁護士へ相談
検察官から略式手続の打診を受けたときは、その場で即答せず直ちに弁護士に相談してアドバイスを受けましょう。
略式手続に応じることで迅速な処分が期待できますが、その反面、必ず罰金・科料が言い渡されて、「前科」がついてしまいます。予想される罰金では刑罰が重すぎる場合は、被害者との示談交渉をすすめて不起訴処分の獲得を目指したほうが賢明です。
弁護士に相談してサポートを求めれば、略式手続を受け入れるべきなのかのアドバイスが得られるだけでなく、被害者との示談交渉や検察官へのはたらきかけによって、略式手続に頼らなくても厳しい処分を回避できる可能性があります。
7、まとめ
略式命令は、刑事裁判の手続きを簡略化する略式手続によって下される命令であり、裁判にかかる期間が大幅に短縮できるという利点があります。ただし、必ず有罪となり前科がつくことは避けられません。
自分の言い分を主張する機会なく前科がついてしまうため、無罪であるにもかかわらず犯罪の疑いをかけられていたり、捜査機関から指摘されている内容に反論や疑問があったりする場合には、弁護士に相談することが大切です。
略式手続を受け入れるのが最善策であるのかを判断する場面では、弁護士のサポートが欠かせません。刑事事件を起こしてしまい逮捕された、検察官から略式手続の打診を受けているなら、早期に刑事事件の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所にご相談ください。
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