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逮捕には逮捕権が必要? 私人逮捕されるケースを解説
令和3年6月、北海道の国立大学内に侵入した容疑で地元新聞社の記者が逮捕されました。記者を逮捕したのは、警察官ではなく大学の職員です。この事件で新聞社側は、記者の取材方法や教育に問題があったと認めましたが、ネット上では一般的に逮捕権を持たないと考えられる私人による逮捕であることへの驚きや、大学側の対応が強硬すぎるのではないかといった疑問の声も上がりました。
「逮捕」は警察などの捜査権を持つ機関が行う手続きだと考えられがちですが、限られた条件のもとでは私人にも逮捕が認められることがあります。
本コラムでは、逮捕の種類や要件、私人による逮捕が認められるケース、逮捕後の流れを解説します。
1、逮捕の種類
「逮捕」は、警察などの捜査機関が犯罪の被疑者の身柄を拘束することで、のちの刑事裁判へとつながる刑事手続きを適切に受けさせるためにおこなう強制処分のひとつです。
ひとくちに「逮捕」といっても、逮捕には3つの種類があります。まずは逮捕の種類について確認していきましょう。
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(1)通常逮捕
日本国憲法第33条には、裁判官が発付する逮捕状によらなければ逮捕されないとする「令状主義」が示されています。この理念に従い、刑事訴訟法第199条1項に規定されているのが「通常逮捕」です。
警察・検察官といった捜査機関が捜査をおこない、捜査結果をもとに裁判官の審査を受けたうえで逮捕状が発付されれば、通常逮捕が可能になります。ドラマなどでは、捜査員が逮捕状を示して犯人を逮捕するシーンが描かれることがありますが、これは通常逮捕をイメージした描写です。 -
(2)現行犯逮捕
日本国憲法第33条は、令状主義を示すとともに例外として「現行犯として逮捕される場合を除く」とされています。刑事訴訟法第212条の規定にもとづき、まさに犯罪を実行している最中や、犯罪を終了した直後の被疑者を逮捕できるのが「現行犯逮捕」です。
一般的には「現行犯逮捕」と呼ばれますが、刑事訴訟法では「現行犯人」と説明されていることから、捜査機関が作成する書類などのうえでは「現行犯人逮捕」と呼ばれます。
現行犯逮捕は、令状主義の例外として逮捕状の発付を要しません。これは、犯罪の実行をその場で確認しており、裁判官による審査を受けずとも犯罪が存在することが明らかであり、犯人を取り違えてしまうおそれがほとんどないためです。 -
(3)緊急逮捕
通常逮捕・現行犯逮捕とならんで「第三の逮捕」とされるのが「緊急逮捕」です。
現行犯とは認められない状況でありながらも、裁判官の逮捕状発付を待つ余裕もないといった状況下において選択される逮捕で、逮捕の時点では逮捕状を必要としません。ただし、逮捕後直ちに逮捕状を請求するという条件が前提であり、逮捕状の発付を請求したものの裁判官がこれを却下した場合は直ちに釈放しなければならないため、例外的に令状主義には反しないと考えられています。
刑事訴訟法第210条1項によって厳格な要件が設けられているうえに、逮捕後は直ちに逮捕状を請求しなければならないことから、私人による緊急逮捕は認められていません。
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2、逮捕の要件
通常逮捕・現行犯逮捕・緊急逮捕には、法律にもとづいた要件が設けられています。
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(1)通常逮捕の要件
法律の定めによると、通常逮捕の要件は次の2点です。
- 嫌疑の相当性がある
被疑者に罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があること(刑事訴訟法第199条1項) - 逮捕の必要性がある
被疑者が逃亡または証拠隠滅をはたらくおそれがあること(刑事訴訟規則第143条の3)
「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」とは、ある程度の濃厚な嫌疑が存在する場合を指します。特に明確な根拠もなく「罪を犯した可能性がある」と疑いをかける程度では足りません。客観的・合理的な証拠にもとづく嫌疑の存在が必要です。
嫌疑の相当性と逮捕の必要性という2点を満たした場合、請求を受けた裁判官が逮捕状を発付し、通常逮捕が認められます。 - 嫌疑の相当性がある
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(2)現行犯逮捕の要件
現行犯逮捕が認められるのは、刑事訴訟法第212条1項の定めによると「現に罪をおこない、または現に罪をおこない終わった者」を逮捕する場合です。この定めから要件を抽出すると、次の2点を満たす場合に現行犯逮捕が可能になると考えられています。
- 犯罪の明白性がある
被疑者がまさに犯人であることが、目撃などによって明らかであること - 時間的・場所的な接着性がある
犯行と逮捕が時間的・場所的に近接していること
なお、刑事訴訟法第212条2項には、次の4つのいずれかにあたる場合を「罪をおこない終わってから間がないと明らかに認められるとき」として現行犯人とみなすことが定められています。
- 犯人として追呼されているとき
- 盗品などの贓物(ぞうぶつ)や犯罪の用に供したと思われる凶器などを所持しているとき
- 身体または被服に犯罪の顕著な証跡があるとき
- 誰何(すいか)されて逃走しようとするとき
これらのいずれかにあたる場合を、現行犯人とみなすことから「準現行犯」と呼びます。時間的・場所的な接着性がゆるやかに解釈されるため、犯行現場から離れていて、犯行からある程度の時間が経過していても現行犯逮捕が認められます。
- 犯罪の明白性がある
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(3)緊急逮捕の要件
緊急逮捕は、令状がない状態での逮捕を例外的に認める逮捕種別であるため、厳格な要件が設けられています。刑事訴訟法第210条1項の定めによると、緊急逮捕が認められるのは次の3つの要件を満たす場合に限られます。
- 犯罪の重大性がある
死刑・無期もしくは長期3年以上の懲役もしくは禁錮にあたる犯罪であること - 嫌疑の充分性がある
被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があること - 逮捕の緊急性がある
被疑者の逃亡・証拠隠滅を防ぐために急速を要し、逮捕状を請求する暇(いとま)がないこと
緊急逮捕は令状主義の例外として事後の逮捕状請求を認めているに過ぎず、現行犯逮捕のように「令状は不要」というわけではありません。逮捕の際には、被疑者に対して逮捕状に記載されることになる「いつどこで起きたどのような事件の容疑で逮捕する」という事実を伝える必要もあります。
逮捕後は直ちに逮捕状を請求して令状の発付を受ける必要があるほか、発付された令状を直ちに示さなくてはなりません。 - 犯罪の重大性がある
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3、逮捕権は警察以外にも与えられている
「逮捕権」といえば、多くの方は警察をはじめとした捜査機関にのみ与えられた特権のように感じるかもしれません。たしかに、逮捕状にもとづく通常逮捕や、令状主義の例外として事後の逮捕状請求を要する緊急逮捕を執行できるのは捜査機関だけです。
ただし、捜査機関に属していない一般人であっても、一定の条件下においては逮捕権が認められています。
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(1)一般人でも可能な「私人逮捕」
刑事訴訟法第213条は、現行犯人について「何人(なんびと)でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」と明記しています。「何人でも」とは「誰でも」という意味なので、つまり捜査機関に属しない一般人であっても逮捕状なしで逮捕が許されると解釈できます。
捜査機関に属さない一般人による現行犯逮捕を「私人逮捕(または常人逮捕)」と呼び、捜査機関による逮捕と区別しています。冒頭で紹介した事例では、不法に大学構内に侵入した記者を大学職員が逮捕していますが、これは現行犯逮捕だけに許される私人逮捕を適用したものであり適法です。 -
(2)私人逮捕が認められるケース
私人逮捕が認められるのは、逮捕を執行した私人において相手が現行犯人であることが明白である場合です。一般人による現行犯逮捕が認められるシチュエーションとしては、本人が犯罪の被害者や目撃者であったというケースに限られるでしょう。
店内の警戒中に万引き行為を現認した、自宅の敷地に侵入してきた不審者を取り押さえた、電車に乗っていたところすぐそばで痴漢行為を目撃したといった状況が考えられます。
このような状況下では、警察に通報して対応を待つ余裕もなく、また、自身や周囲への危害・損害を考えれば直ちに相手の身柄を取り押さえる必要もあるため、私人による逮捕が例外として認められているという考え方です。 -
(3)私人逮捕が認められないケース
私人逮捕は、現行犯逮捕できる状況においてのみに許される特別な手続きです。
たとえば、以前に来店した際に万引きをしていた容疑のある客が再び来店した、指名手配犯としてポスターに掲示されている人物を発見したといったケースは、現行犯とはいえないので私人逮捕は認められません。
法的に許されない状況での逮捕行為は、刑法第220条の「逮捕・監禁罪」にあたるおそれがあります。逮捕といえば、手錠をかける、縄で縛るといった行為をイメージしがちですが、服のそで口をつかんだ、逃げられないように羽交い締めにしたといった行為でも、相手の行動の自由を奪っている以上は逮捕行為となります。法定刑は3か月以上7年以下の懲役であり、罰金の規定が存在しない重罪です。
不当に相手の身体を拘束し、行動の自由を奪えば、犯人を逮捕したつもりだったのに自らが罪を犯したことになります。相手に不法行為があったとしても、すべての国民は「不当に逮捕されない権利」を有しているので、不当な逮捕は許されません。
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4、逮捕された後の流れ
私人逮捕を受けた被疑者の身柄は、直ちに警察官または検察官へと引き渡されます。刑事訴訟法の定めに照らせばどちらにでも引き渡しが可能ですが、市中における事件の第一次捜査権は管轄の警察にあるため、実際のところは警察に通報し、身柄が引き継がれることになるでしょう。
私人逮捕された被疑者の身柄が警察に引き渡された後の流れは、警察によって逮捕された後の場合と同じです。
逮捕後の流れを確認していきましょう。
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(1)捜査機関による取り調べを受ける
警察へと引き渡された被疑者は、警察の段階で48時間以内、さらに検察官へと送致された段階で24時間以内、合計72時間を上限とした身柄拘束を受けます。逮捕による身柄拘束を受けている期間は、犯罪の認否や犯行の動機などに関する取り調べが進められるため、厳しい追及を受けることになるでしょう。
突然自由を制限されたうえに厳しい取り調べを受ける事態になり、精神的に不安定な状態に陥る被疑者も少なくありません。 -
(2)最大23日間にわたる身柄拘束を受ける
逮捕による身柄拘束の効果は最大72時間です。しかし、検察官が裁判官に勾留を請求し、裁判官がこれを許可した場合は、初回では原則として10日間以内、さらに必要に応じて10日間以内の延長が認められます。勾留による身柄拘束の効果は最大20日間なので、逮捕から数えると合計で23日間にわたる身柄拘束を受けるおそれがあるのです。
一方で、検察官が勾留を請求しなかった、あるいは裁判官が勾留請求を却下した場合、被疑者の身柄は釈放されます。釈放されると身柄拘束を受けずに取り調べなどを受ける「在宅捜査」に切り替えられることになるため、呼び出しの都度、警察に出頭することになります。 -
(3)身柄拘束中は面会も制限される
逮捕・勾留によって身柄拘束を受けている被疑者は、外部との自由な連絡を制限されます。
電話・メールなどによる通信は一切認められません。ただし、一定の制限下における面会は可能です。
外部の人物との面会が許されるのは、被疑者の勾留が決定した段階からに限られています。つまり、勾留が決定するまでの72時間は、たとえ家族であっても面会は許されません。
また、勾留の際に「接見禁止」が付された場合は、勾留決定後でも面会に制限が加えられます。たとえば、組織的な詐欺事件など共犯者が存在する状況では、検挙にいたっていない共犯者が友人などを装って面会に訪れる危険もあるため、接見禁止が付されやすくなるでしょう。
面会が許される状況であっても、1日における面会人数や回数、面会時間、差し入れ可能な物品などは制限されます。ただし、弁護士に限っては逮捕直後であっても回数・時間などの制限なしで面会が許されるため、取り調べに際しての詳しいアドバイスや被疑者と家族との細かな連絡などは、弁護士に一任したほうが賢明です。 -
(4)起訴されれば刑事裁判が開かれる
勾留による身柄拘束の効果が切れるまでに検察官が「起訴」すれば、それまでは被疑者だった立場が「被告人」へと変わり、刑事裁判を受ける身となります。起訴前の勾留に加え、刑事裁判が結審するまでさらに身柄を拘束されてしまいます。
わが国の司法制度の現状では、検察官が起訴に踏み切った事件の有罪率が99%を超えているため、起訴されて刑事裁判に発展すればほぼ確実に有罪となり、刑罰が科せられることになるでしょう。
一方で、検察官が「不起訴」とした場合は、刑事裁判は開かれません。刑事裁判を受けさせるための身柄拘束も必要なくなるので、被疑者の身柄は直ちに釈放されます。私人逮捕された場合でも、検察官が不起訴とすれば刑罰を受けることも前科がつくこともなくなるので、不起訴を目指すのがもっとも穏便な解決策だといえるでしょう。
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5、弁護士に相談すべき理由
もし、あなたの家族の誰かが私人逮捕されてしまった場合は、直ちに弁護士に相談してサポートを受けることをおすすめします。
弁護士に相談して詳しい事情を伝えれば、早い段階で逮捕された被疑者と接見する機会を設けて、取り調べに際してのアドバイスを提供してくれます。逮捕直後の72時間は、家族であっても逮捕された被疑者との面会は認められません。私人逮捕されたケースでは、本人も思いがけず突然逮捕されて身柄を拘束されてしまうため、弁護士によるアドバイスは精神的にも非常に心強いものになるでしょう。
また、逮捕時の詳しい状況を弁護士に伝えれば、現行犯逮捕が認められる状況だったのか、私人逮捕は適法であったのかを確認できます。私人逮捕が不当だと判断できれば、直ちに釈放するよう捜査機関にはたらきかけることも可能です。
もし、犯罪が成立することが間違いなく、私人逮捕も正当なものであっても、被害者に謝罪のうえで賠償を尽くせば、検察官が不起訴とする可能性があります。とはいえ、残された家族では示談交渉を進めるのは困難です。被害者の反感を買ってしまったり、不当に高額な示談金を求められたりする事態も考えられるので、弁護士を代理人として交渉を進めるほうが安全でしょう。
検察官が起訴に踏み切った場合でも、無罪や執行猶予つきの判決など、被告人にとって有利な処分を得るための弁護活動が期待できます。
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6、まとめ
逮捕は捜査機関に認められている強制処分ですが、現行犯に限っては被害者・目撃者といった一般人でも「私人逮捕」というかたちで逮捕が許されています。私人逮捕された場合でも、警察に逮捕されたときと同様に最大23日間の身柄拘束を受けたうえで厳しい取り調べを受けるため、逮捕直後でも接見が許される弁護士のサポートは欠かせません。
家族が逮捕されてしまったら、まずは逮捕の状況を把握し、実際に罪を犯しているのであれば早急に被害者との示談交渉などの対策を尽くす必要があります。逮捕に関するお悩みがある方は、直ちに刑事事件の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所にご相談ください。
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