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過剰防衛とは? 正当防衛が認められるための5つの要件と裁判例を解説
わが国の法律では、権利侵害に対して司法手続きを経ずに実力をもって権利を回復する「自力救済」を認めていません。しかし、思いがけず犯罪被害に巻き込まれた場合は、さらなる被害の拡大や犯人の逃亡を防ぐためにある程度の実力を行使することも考えられるでしょう。
令和3年5月には、住宅に侵入して衣服を盗もうとした男が、居合わせた住人らに取り押さえられて意識不明に陥り、搬送先で死亡する事案が発生しました。このようなケースでは「正当防衛」と「過剰防衛」が問題になると考えられます。
本コラムでは「過剰防衛」に注目しながら、正当防衛が認められる要件や防衛行為の正当性が争われた裁判例をみていきます。
1、過剰防衛とは? 正当防衛との違い
まずは「過剰防衛」とはどのような行為を指すのかを確認しましょう。
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(1)過剰防衛とは
過剰防衛とは、刑法第36条2項の規定によると「防衛の程度を超えた行為」と定義されています。
防衛行為が法的に正当であると認められるためには、防衛行為の相当性が必要です。「防衛の程度」の判断基準は一定ではありませんが、侵害行為の内容や相手との体格・年齢・性別、防衛の手段などから総合的に判断されます。
- 素手の攻撃に対して刃物などの武器を用いる
- 体格に恵まれた若い男性が高齢者に対して実力を行使する
- 相手が侵害行為を止めたにもかかわらず反撃を続ける
これらの状況は、防衛の程度を超えていると判断されやすく、過剰防衛が成立する危険が高いでしょう。
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(2)過剰防衛と正当防衛の違い
刑法第36条1項によると、正当防衛とは「急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」と定義づけられています。この定義に沿った防衛行為であって、さらに防衛の程度を超えていれば過剰防衛が成立します。
正当防衛にあたる場合は「罰しない」との規定があるため罪に問われません。一方で、過剰防衛にあたる場合は「情状により、その刑を減軽し、または免除することができる」とされています。
刑罰が大幅に軽くなるか、あるいは免除されますが「することができる」と明記されているため、必ずしも減軽・免除を受けられるわけではないという点には注意が必要です。
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2、正当防衛の成立に必要な5つの要件
正当防衛が成立するのは、次の5つの要件を満たす場合です。
- 不正の侵害を受けていること
- 急迫性があること
- 防衛行為に必要性があること
- 防衛行為に相当性があること
- 防衛の意思があること
各要件の内容を確認していきましょう。
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(1)不正の侵害を受けていること
「不正の侵害」とは、違法性のある権利侵害を指します。個人の生命・身体・財産は、法律によって保護されており、これらに対する加害行為は権利侵害にあたると考えられます。
ただし、権利侵害が生じたとしても違法性がない場合は不正の侵害にはあたりません。たとえば、裁判所の手続きによって財産の差し押さえを受ける場合は、適法のもとに行われるため違法性が否定され、不正の侵害にはあたらないので注意が必要です。 -
(2)急迫性があること
「急迫性」とは、違法性のある権利侵害が切迫している状況を指します。権利侵害がまさに現在進行形で発生している状況を意味するので、すでに権利侵害が止まっているのに防衛行為をはたらけば急迫性は否定されることになるでしょう。
たとえば、暴漢が襲いかかってきた場面はまさに急迫性があるものと考えられますが、制止して暴漢が観念しているのに攻撃を加えれば急迫性が否定されます。 -
(3)防衛行為に必要性があること
防衛行為には「必要性」が求められます。急迫不正の侵害に対して、自らが防衛行為をはたらく必要があったのかが問われるという意味です。
たとえば、自宅に忍び込んでいた窃盗犯を見つけたとき、逃走を図った犯人が襲いかかってくれば反撃をしても必要性が認められるでしょう。一方で、何ら危害を加えず観念している犯人に対して暴行を加えれば、必要性は否定されるものと考えられます。 -
(4)防衛行為に相当性があること
正当防衛の成立にあたって特に問題となりやすいのが「相当性」です。相手の権利侵害に対してふさわしい程度の防衛行為でなければ、相当性が否定されてしまいます。
ここでいう相当性とは、防衛行為が必要最小限、すなわち、防衛行為の内容・程度は行為者が権利を防衛するために必要かつ十分なものでなければならないという意味です。権利侵害の程度に対して大きすぎる防衛行為を取った場合、つまり行き過ぎた防衛行為は過剰防衛となります。
防衛行為の相当性には一定の基準は存在しません。権利侵害の内容や方法、自分と相手の年齢・体格・性別の差、武器の有無、格闘技や武道の経験などから総合的に判断されます。
たとえば、素手の相手に対して包丁などの武器を持ち出せば、侵害行為に対する防衛行為の程度が強すぎるため相当性を欠くと判断されやすくなるでしょう。また、権利として保護される順位は生命・身体・財産の順で優先されるため、たとえば財産への侵害行為に対して生命を奪ったといったケースでは相当性を欠くおそれがあります。 -
(5)防衛の意思があること
「防衛の意思」とは、端的には「権利侵害から生命・身体・財産を防御する目的」を意味しますが、防御の目的さえあれば必ず防衛の意思が認められるわけではありません。権利侵害を排除するためには防御するしかない状況であったと認められないと、防衛行為は「防衛のため」ではなく「攻撃のため」と評価される危険があります。
たとえば、相手から暴行を受けたとき、警告を加えて相手を制止したり、その場から逃げたりできる状況があったのに、あえて反撃すれば、防御の意思があったとはいえないでしょう。
ケンカなどの現場では、相手が攻撃してきたことを理由としてさらに強い力で反撃に転じるケースも少なくありませんが、このような状況では防御の意思が否定されやすくなります。
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3、正当防衛が認められると無罪になる?
刑法第36条1項の規定によれば、正当防衛にあたる場合は「罰しない」とされています。「罰しない」ということは、「無罪」ということです。相手に怪我をさせたり死亡させたりしても、傷害罪や傷害致死罪、殺人罪などに問われることはありません。
犯罪が成立するのは、構成要件該当性・違法性・有責性の3つの要件を満たす場合です。
構成要件該当性とは、各犯罪が成立する要件に該当しているのかを意味します。構成要件を満たしている場合は、さらにその行為が違法であるのかが判断されて、違法であれば犯人が刑事責任を負える立場にあるのかが判断されます。
正当防衛は、構成要件を充足して犯罪に該当するとしても、急迫不正の侵害を防御するという目的をもっているため違法性が否定されます。たとえ刑事責任があっても、違法性が否定されることに変わりはありません。
このように、構成要件該当性や有責性があったとしても違法性が否定される理由となることを「違法性阻却事由」といいます。違法性阻却事由には、正当防衛のほかにも正当行為や緊急避難などがあり、いずれも処罰の対象とはなりません。
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4、【裁判例を解説】正当防衛が成立する場合と過剰防衛が成立する場合
実際に正当防衛や過剰防衛の成立が争われた裁判例を挙げながら、それぞれが成立する理由やポイントをみていきましょう。
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(1)武器を使用した防衛行為が正当防衛として認められた事例
【平成30年12月3日 札幌地裁 平成30(わ)198】
金銭トラブルがあったA・Bの当事者間で、AがBの胸ぐらをつかんで手前に引き寄せた後、大声で「今日はもう許さない」「ボコボコにする」などと言っていたことから、BがAの背後からハンマーで2回殴打した事例です。
検察官は、急迫不正の侵害が認められない、素手に対してハンマーを用いているといった点からBの行為は過剰防衛であることを主張しました。
裁判所は、Aの「今日はもう許さない」「ボコボコにする」といった発言を「さらなる攻撃の意思を示していた」と評価し、急迫不正の侵害が継続していることを認めました。さらに、防衛行為の相当性についても、Aが年齢47歳・身長約180cm・体重約80kgに対して、Bは年齢76歳・身長約157cm・体重約51.2kgしかなく、ハンマーを用いたとしても相当性を逸脱しないとし、正当防衛の成立を認めてBに無罪を言い渡しました。 -
(2)酒に酔って暴れた息子を制止した行為を過剰防衛とした事例
【平成27年3月13日 横浜地裁 平成26(わ)1122】
父親A・息子Bの親子がスナックで飲酒し、Bが酒に酔ってほかの客に迷惑をかけはじめたのでタクシーに乗せて帰宅しようとしたところ、Bがタクシーの中で暴れはじめたためAがBを制止する過程で頸部(けいぶ)圧迫によって窒息死させた事例です。
AがBに加えた暴行は、右足首をつかむ、鼻・口・頸部などを踏みつけにして圧迫するといったものでしたが、Aは「自己もしくはBの身体・生命を防衛するためにした正当行為、またはBを保護監督するためにした正当行為である」と無罪を主張しました。
裁判所は、Bがタクシーの車内で暴れていた状況について急迫不正の侵害があったことを認めつつも、Aの制止について「生命の危険を脅かす危険性の高い行為」と評価して、相当性を欠くと判断し、正当防衛・正当行為の成立を認めず過剰防衛として懲役2年6か月(執行猶予3年)の判決を下しました。 -
(3)暴行を加える夫の首を絞めて殺した妻を過剰防衛とした事例
【平成31年1月18日 名古屋地裁 平成30(わ)482】
夫Aからの日常的な暴力・暴言に耐えかねた妻Bが、Aから「ボコボコにしてやる」といわれて胸ぐらを両手でつかまれて身体を持ち上げられたため、Aの頸部に電源コードやネクタイを締め付けて窒息死させた事例です。
裁判所は、Aから長年にわたって強度の暴行を受けており、本件犯行の直前も強い恐怖を感じていたことを認め、犯行に至る経緯には酌むべき事情があるとしました。しかし、その場から逃げることも可能だったという状況や、Aを確実に死亡させる目的で首を締め付けたといった点に注目し、過剰防衛と認定して、懲役3年6か月の実刑判決を下しました。 -
(4)騒音トラブルの相手を包丁で刺殺して正当防衛も過剰防衛も認められなかった事例
【平成29年3月16日 札幌地裁 平成28(わ)625】
集合住宅の隣人同士だったA・Bの間には以前から騒音をめぐるトラブルがあったところ、B方からの騒音に耐えかねて苦情を言いに来たAに頭部をつかまれたことに立腹したBが、包丁でAの腹部を刺した事例です。
当初、Bは「Aが金属バットをもっていた」と主張していましたが、裁判所は金属バットの存在を認めませんでした。素手だったAから頭をつかまれた行為に対して包丁で腹部を刺すというAの行為は、単に攻撃の意思で行われたものであり、正当防衛はもちろん、過剰防衛が成立する余地もないとして、懲役7年の実刑判決が言い渡されました。
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5、正当防衛や過剰防衛を主張する弁護活動とは
何らかの急迫不正の侵害に対してはたらいた防衛行為が問題となった場合は、正当防衛を主張することになるでしょう。ただし、正当防衛の判断は非常に厳格であるため、弁護士のサポートは欠かせません。弁護士を依頼した場合はどのような弁護活動が期待できるのでしょうか?
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(1)正当防衛を主張して不起訴を目指す
正当防衛が適用できる可能性が高い状況であれば、容疑をかけられてしまった初期の段階から捜査機関に対して正当防衛を主張します。起訴に踏み切ったとしても正当防衛が適用されることが明らかであるとして、検察官による不起訴処分の獲得が期待できるでしょう。
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(2)起訴後も正当防衛を主張して無罪を目指す
検察官の段階では正当防衛が否定されて起訴されてしまったとしても、刑事裁判の場で裁判官が正当防衛を認める可能性があります。ただし、被告人自身が「正当防衛だった」と主張するだけでは、裁判官も認めてはくれません。
相手の侵害行為が急迫不正であったことや防衛行為の必要性や相当性、防衛の意思を証明しなければならないので、客観的な証拠を示す必要があります。
弁護士が被告人にとって有利な必要な証拠を集めて裁判官に示すことで、正当防衛が認められて無罪判決を獲得できる可能性が高まるでしょう。 -
(3)過剰防衛による刑の減軽・免除を目指す
正当防衛のうち相当性要件を満たさない場合でも、弁護士のサポートを得れば過剰防衛が認定されて情状による刑の減軽・免除を獲得できる可能性があります。
防衛行為が相当性を欠いていても、防衛行為に至る経緯やそのほかの事情から被告人にとって有利な事情があれば、重すぎる刑罰の回避が期待できるでしょう。 -
(4)取り調べの助言を与える
正当防衛による不起訴や無罪、過剰防衛による刑の減軽・免除を目指すのであれば、取り調べで何を供述するのかが重要です。
正当防衛・過剰防衛を主張する事件では、取り調べで厳しい追及を受け、「本当は自分から攻撃したのだろう」などと誘導されるおそれが高いため、弁護士が供述内容や注意点などについて事前に助言を与えます。
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6、まとめ
たとえ相手に怪我を負わせたり死亡させたりしても、急迫不正の侵害に対して必要かつ相当性のある防衛行為であることが認められれば正当防衛が成立して罪には問われなくなります。また、正当防衛が成立しない場合でも、過剰防衛として刑の減軽・免除が得られる可能性もあります。
いずれも法的に厳格な要件が設けられており、適用は容易ではないので、弁護士のサポートは必須です。重すぎる刑罰を避けたいと考えるなら、刑事事件の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所の弁護士に相談してサポートを求めましょう。
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