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法定刑は死刑のみ。 日本でもっとも重い外患誘致罪とはどのような犯罪?
日本の刑法には「外患誘致罪」という犯罪が存在します。「外患」とは外国や外部から攻撃を受けるおそれのこと、「誘致」とは物事を吸い寄せるという意味があります。
外患誘致罪は一般の方にとってあまり聞き慣れない罪名かもしれませんが、国家反逆罪であり、日本に存在する犯罪の中でもっとも重いとされている犯罪です。法定刑は死刑のみしか規定がないため、有罪になれば必ず死刑となります。
外患誘致罪はどのような場合に成立するのでしょうか? 本コラムでは外患誘致罪をテーマに、犯罪の定義や実際に適用が検討された事例について解説します。類似点が多い外患援助罪や内乱罪との違いも確認しましょう。
1、外患誘致罪とは
外患誘致罪とはどんな犯罪なのでしょうか?概要を解説します。
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(1)外患誘致罪とは
刑法第81条は「外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する」としています。外患誘致罪といい、外患援助罪や予備および陰謀罪とともに「外患に関する罪」として定められています。日本の安全を侵害する目的で外国と共謀し、日本への攻撃を誘発する行為を処罰する犯罪です。
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(2)法定刑は死刑のみ
外患誘致罪の法定刑は「死刑」のみです。すなわち裁判で有罪が確定すれば、酌量減軽(刑法第66条)などに該当する事由がない限り、必ず死刑が適用されることになります。日本に数ある犯罪の中で法定刑が死刑のみになっているのは本罪だけです。このように刑罰に裁量の余地がない法定刑を絶対的法定刑といいます。
「重い犯罪」と聞くと、一般に殺人や放火の罪などを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、これらの重罪でさえ死刑のほかに無期・有期の懲役という選択肢があります。死刑のみが規定された外患誘致罪がいかに重い罪であるのか、よくわかるでしょう。
死刑しか定められていないのは、外国と通謀して日本国に武力を行使させる行為が、日本に住むすべての人の生命を脅かし、国家の存立にも影響を与えることになるからです。
2、外患誘致罪の定義
刑法第81条によれば、外患誘致罪の処罰対象となるのは「外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者」です。この条文をもとに犯罪の定義を確認しましょう。
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(1)外国と通謀して
「外国」とは、外国の政府や軍隊、外交使節などの国家機関のことをいいます。国民や領土、統治組織など事実上国家としての機能があれば足り、日本やほかの外国が承認していない国でもよいとされています。外国人個人や私的な団体のほか、テロ組織なども含まれません。もっとも、テロ組織と関わりを持てばテロに関する別の法律・罪名で裁かれることになるでしょう。
「通謀」とは、一般に2人以上の者が示し合わせて犯罪などをたくらむことをいいますが、外患誘致罪では外国との間で日本への攻撃に積極的な影響を与える合意をすることを意味します。日本への攻撃を依頼しただけでは通謀といえません。 -
(2)武力を行使させた
「武力を行使させた」とは、日本に居住する人や国外にいる日本人が外国に対し、日本に攻め込むための行為をさせることをいいます。戦争を勃発させることまでは必要とされておらず、たとえば外国の軍隊を日本の領土に不法侵入させる、ミサイルを撃ち込ませるなどの行為が武力行使とみなされます。サイバー攻撃や経済的手段による報復、あるいは個々の私人・私的団体に向けられたテロ行為などは外患誘致罪の武力行使に含まれません。
武力を行使させることが成立要件のひとつなので、仮に死者などの被害が出ていなくても武力行使があった時点で犯罪が成立します。 -
(3)外患誘致罪の例
外患誘致罪にあたるのは、たとえば政府の要職にある人物が外国の首領と共謀し、日本の領土に外国の軍隊を侵入させるよう仕向ける行為です。外国政府に対し、日本への攻撃が有利になる情報を提供する行為なども本罪の対象となるでしょう。
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(4)未遂や陰謀でも罪に問われる
外患誘致罪には未遂罪の規定があります(刑法第87条)。日本への武力行使が事前に阻止される、自衛隊に防衛されるなどして未遂に終わった場合でも罪に問われます。未遂も既遂と同じ法定刑が適用されるため、死刑になるおそれがあります。
また外国と共謀するための計画を立てたり準備をしたりした場合にも、刑法第88条が定める外患予備罪や外患陰謀罪で処罰されます。予備・陰謀罪の法定刑は「1年以上10年以下の懲役」です。
国家の存立に関わる重罪であるため、予備・陰謀の段階でも厳しく処罰されることになります。
3、実際に適用された例はあるのか
外患誘致罪は聞きなじみのない犯罪ですが、過去に適用された事例は存在するのでしょうか?
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(1)裁判例はない
外患誘致罪の裁判例は存在しません。明治13年に制定された旧刑法の時代から存在する犯罪ですが、長い歴史の中で適用されたケースはいまだかつてありません。
適用事例がないのは、日本への攻撃について外国との合意が必要であるため、犯罪が成立するには高いハードルがあるからと考えられます。法定刑が死刑のみであり、外交問題に直結する犯罪でもあるため、捜査機関や裁判所がほかの犯罪以上に慎重に適用を検討するのも理由でしょう。 -
(2)適用が検討された事例は存在する
裁判例は存在しませんが、一度だけ外患誘致罪の適用が検討された事例があります。昭和16年、当時の内閣のブレーンだった尾崎秀実を中心とする組織がソ連のスパイ、リヒアルト・ゾルゲと共謀して国家機密を提供したとして検挙された事例です(ゾルゲ事件)。日本人35名が検挙され、そのうち18名が起訴されました。
外患誘致罪での起訴も検討されましたが見送られ、実際には治安維持法違反や国防保安法違反、軍機保護法違反などの容疑で起訴されました。事件の中心的存在であった尾崎秀実とゾルゲは3年間の取り調べと獄中生活の後に死刑になっています。
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4、外患誘致罪に似た犯罪
外患誘致罪と同じ「外患に関する罪」として「外患援助罪」があります。また「内乱罪」も外患誘致罪と似た部分があり、混同しやすい犯罪です。それぞれの犯罪について概要を解説します。
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(1)外患援助罪
外患援助罪とは、外国から日本に対する武力行使があったときに、これに加担して、その軍務に服し、軍事上の利益を与える犯罪です。刑法第82条に定められています。
「軍務に服し」とは、外国の軍人として指示を受けて活動することです。「軍事上の利益を与える」とは、たとえば日本への攻撃に際して外国に有利になるように、武器や食料を提供する行為などが該当するでしょう。
外患援助罪も外患誘致罪と同様に、日本国を裏切り外国に加担する犯罪です。未遂罪や予備・陰謀罪の規定もあります。
一方、外患誘致罪では自ら外国からの武力行為を誘発するのに対し、外患援助罪は外国からの武力行使がなされた状況下において外国に加担するという違いがあります。そのため、外国による武力行使が行われる前に外国に対して軍事上の利益を与えても、外患援助罪は成立しません。
外患援助罪の刑罰は「死刑または無期もしくは2年以上の懲役」です。外患誘致罪と同様に、日本に住む人の生命を危険にさらす重罪なので刑罰が重く定められています。 -
(2)内乱罪
内乱罪は、国の統治機構を転覆させるなどの目的で暴動を起こす犯罪です。刑法第77条に定められています。革命と称して大勢の人が集まり暴動を起こす行為や、政権内での暴力的なクーデターなどが想定される犯罪です。
外患誘致罪も内乱罪も日本国家の転覆を目的とした犯罪であり、未遂罪や予備・陰謀罪の規定がある部分も共通しています。
一方、外患誘致罪が外国からの武力行使を引き起こすのに対し、内乱罪は国内での暴動などを引き起こすという違いがあります。
内乱罪についても、これまで適用された事例はありません。ただし刑法第78条の内乱予備罪によって審理された事例があります。昭和8年に起きた民間右翼によるクーデター未遂事件です(神兵隊事件)。この事件では最終的に被告人らの刑が免除されたため、判決で刑罰が執行されたケースはありません。
このほかに、オウム真理教事件で新実智光被告の弁護人が「首謀者以外に死刑は適用されない」として内乱罪の成立を主張したことがありましたが否定されています。
内乱罪の刑罰は犯人の集団内での役割に応じて異なります。- 首謀者……死刑または無期禁錮
- 謀議に参与し、または群衆を指揮した者……無期または3年以上の禁錮
- 諸般の職務に従事した者……1年以上10年以下の禁錮
- 付和随行し、その他単に暴動に参加した者……3年以下の禁錮
また内乱予備・陰謀罪については「1年以上10年以下の禁錮」に、内乱幇助罪は「7年以下の禁錮」に処せられます。
5、まとめ
外患誘致罪は日本で暮らす多くの国民の生命を脅かす重大犯罪であり、現行刑法において法定刑が死刑のみと定められている唯一の犯罪でもあります。これまで一度も適用された事例はありませんが、今後も適用が検討されるような事件が起きないことを願うばかりです。
今回は外患誘致罪について説明しましたが、一般の方が外患誘致罪に問われるケースはほぼないと考えられます。ベリーベスト法律事務所では外患誘致罪にかぎらず刑事事件の解決実績が豊富にあります。刑事事件の加害者になってしまいお困りの方はまずは当事務所の弁護士までご相談ください。
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