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認知症患者が事件を起こしたら逮捕される? 刑事責任能力について
世界でもっとも高齢化が進むわが国では、認知症に罹患(りかん)した人が被疑者・被告人となる事例も少なくありません。認知症患者の家族としては、本人が逮捕されてしまうのか、重い刑罰を科されてしまうのかなど大きな不安を抱えていることでしょう。
認知症患者の刑事事件では、刑事責任能力がないとして裁判で無罪判決が言い渡される場合がありますが、無罪判決はどの程度期待できるものなのでしょうか?
本コラムでは認知症患者の刑事事件を取り上げ、刑事責任能力の概要や鑑定方法、無罪になったあとの手続きなども併せて解説します。
1、認知症患者は逮捕される?
認知症患者が刑事事件を起こすと、「刑事責任能力」が問題となる場合があります。
刑事責任能力とは、刑事上の責任を負う能力のことをいいます。
刑法では刑事責任能力がない場合として「心神喪失者」と「14歳未満の者」を、限定的な責任能力が認められる場合として「心神耗弱者」を定めています。
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(1)認知症と刑事責任能力
認知症の刑事責任能力で問題になるのは心神喪失または心神耗弱です。
【刑法第39条】
1項 心神喪失者の行為は、罰しない。
2項 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
心神喪失とは、精神の障害により、
- ① 是非善悪を判断する能力(弁識能力)と、
- ② その判断に従って行動できる能力(制御能力)
のどちらか、または両方が欠けている状態をいいます。
心神喪失者は「責任無能力」として処罰されません。
心神耗弱は弁識能力と制御能力のどちらか、または両方が著しく減退している状態のことです。心神耗弱者は「限定責任能力」として、部分的には責任能力が認められるものの、刑が減軽されます。
認知症患者の刑事事件で心神喪失または心神耗弱が認められるケースは少ないながらも存在します。ただし「認知症=心神喪失・心神耗弱」ではないので、認知症だからといって必ず無罪になったり刑が減軽されたりするわけではありません。 -
(2)なぜ刑事責任能力がないと無罪になる?
裁判官は、行為者の行為が
- ① 構成要件に該当すること
- ② 違法性があること
- ③ 有責性があること
の3つがそろってはじめて刑を科すことができます。
構成要件とは刑法の条文に定められた犯罪が成立するための原則的な要件のことです。違法性とは正当化されない行為であることをいい、構成要件に該当する行為には原則として違法性が推定されます。しかし、たとえば正当防衛のように例外的に違法性が否定される事情(違法性阻却事由)が認められた場合には、構成要件に該当する行為を行ったとしても無罪となります。
有責性は刑事責任能力の問題です。構成要件に該当する行為があり、違法性も認められる場合でも、責任無能力者の行為は無罪になります。責任無能力者が無罪になるのは、行為者の行為を非難できないからです。
行為者を法的に非難するには、前提として行為者が弁識能力と制御能力を有していることが必要です。人はよい行為と悪い行為を区別でき、悪い行為だと判断したら止めることができるのに、あえて悪い行為におよんだ場合にはじめて法的に非難される対象となります。 -
(3)訴訟能力が焦点となる場合もある
刑事責任能力は犯罪行為のときに存在することが必要です。そのため、犯罪をしたときは責任能力があったものの、裁判のときには認知症により責任能力を失っていたケースでも犯罪が成立します。
ただしこの場合は、「訴訟能力」が問題となります。訴訟能力とは重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることができる能力のことですが、弁護人などの協力を得て防御できれば足りるとされています。
この点について刑事訴訟法第314条1項本文は、被告人が心神喪失の状態にあるときは、「検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態が続いている間、公判手続きを停止しなければならない」と定めています。訴訟能力が回復すれば公判手続きが再開されますが、回復が見込めない場合は無罪ではなく「公訴棄却」により裁判が打ち切りとなります。 -
(4)認知症患者と逮捕
「逮捕」は、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当の理由があり、逃亡または証拠隠滅のおそれがある場合になされる刑事手続きです。刑事責任能力の有無は警察段階で判断できない場合が多いため、認知症患者も、逮捕される場合はあります。
もっとも、「逮捕=有罪」ではないので、逮捕されたからといって必ず刑事裁判にかけられて有罪になるわけではありません。
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2、無罪となったあとの手続きについて
認知症患者が心神喪失者にあたるとして無罪になっても、すべてのケースで元の生活に戻ることができるわけではありません。犯罪行為をした事実がある以上は、行為者をすぐに元の生活に戻せば再度同様の行為におよぶ危険があると言わざるを得ないでしょう。社会の安全が脅かされるだけでなく、認知症によって犯罪の加害者になってしまうとすれば本人にとっても不幸なことです。そのため再犯防止や社会復帰のために国としての措置が必要かどうかを判断する必要があります。
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(1)医療観察法にもとづく処遇
心神喪失または心身耗弱の状態で重大な他害行為を行った者については、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(通称:医療観察法)にもとづく手続きが行わる可能性があります。重大な他害行為とは、殺人系、放火系、強盗系、強制性交等(致死傷も含む)、強制わいせつ(致死傷も含む)、傷害のいずれかを指します。
手続きの流れとしては、まずは検察官が地方裁判所に対し、適切な処遇の決定を求める申し立てを行います。裁判所は、明らかに必要がないと認められる場合以外は、鑑定を行う医療機関に入院させ、措置が決まるまで在院させる旨を命じます。鑑定入院の期間は原則2カ月カ月以内、最長で3カ月です。鑑定入院の間、地方裁判所で審判が行われ、医療観察法にもとづく処遇の要否と入院や通院などの内容が決定します。場合によっては、入院・通院はしないとの判断(不処遇の判断)もなされることがあります。
重大な他害行為を行った者以外は医療観察法による制度の対象になりませんが、一般の精神医療や精神保健福祉制度、家族の支援を受けながら再犯防止に努めます。 -
(2)最終的には社会復帰を目指す
医療観察法にもとづき入院が決定した場合は、国公立の指定入院医療機関において専門的な医療を受けます。入院期間の上限はありませんが、原則として6カ月に1回は入院を継続するか否かが裁判所によって判断されます。また指定入院医療機関または本人などからの申し立てにより裁判所が入院の必要がないと判断すると退院が許可されます。
退院が許可された者または通院が決定した者は、指定通院医療機関において専門的な医療が提供されます。通院期間は原則3年ですが、必要に応じて2年を超えない範囲で延長されます。あわせて、保護観察所による見守りや助言・指導などの精神保健観察に付され、社会復帰を目指します。
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3、刑事責任能力の鑑定方法
被疑者・被告人に精神の障害があったのか、あったとして事件に与えた影響がどの程度だったのかは、「精神鑑定」によって判断されます。
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(1)精神科医が意見を述べ最終的には法律家が判断する
精神鑑定の結果にもとづき、被疑者を起訴するか不起訴にするかは検察官が、被告人を有罪にするか無罪にするのかは裁判官が決定します。
検察官や裁判官は精神医学の専門家ではないため、鑑定は精神科医へ依頼して行われます。鑑定人となった精神科医は医学的な観点から精神の障害の有無および事件への影響について意見を述べ、検察官や裁判官は鑑定人の意見を採用できない合理的な事情がない限り、この意見を十分に尊重することとされています。
ただし、刑事責任能力の判断は法的判断であるので、最終的には法律家である検察官や裁判官の判断に委ねられます。精神科医(鑑定人)の意見が100パーセント採用されるというわけではありません。 -
(2)起訴前鑑定と公判鑑定がある
精神鑑定には、起訴される前に行われる「起訴前鑑定」と起訴した後に行われる「公判鑑定」があります。
起訴前鑑定には「簡易鑑定」と「本鑑定」があります。検察官が取り調べ中の様子や動機などに不可解な点があるなどして責任能力に問題があるかもしれないと判断した場合は、精神科医にいずれかを依頼します。- 簡易鑑定……通常は1回のみ、1時間程度で実施される簡易的な鑑定です。
- 本鑑定……2~3カ月間精神病棟や拘置所に留置し、医師が継続的に診察する鑑定です。
起訴された被告人について裁判所が依頼して実施されるのが公判鑑定です。弁護人は、起訴前鑑定が行われていない場合や起訴前鑑定の結果に問題があると判断した場合などに、裁判所へ公判鑑定を求めることができます。
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4、責任能力が認められても減軽となるケース
認知症患者が刑事事件を起こした場合、ご家族としては心神喪失による無罪判決を期待するかもしれません。しかし「医学的な認知機能の低下=弁識能力・制御能力の低下」ではない点に注意が必要です。
たとえ認知症であっても、よいことと悪いことを区別したり、悪いことはやめようと制御したりできる人はおり、その場合は責任能力があると判断されます。実際、認知症による心神喪失が認定されるケースはまれです。
では責任能力があると必ず重い刑を科せられるのかというと、そうではありません。責任能力があると判断された場合でも、不起訴処分または刑が減軽される可能性は十分にあります。たとえば本人が犯行を認めて深く反省している、医療機関での治療を開始しており更生に向けて意欲的な姿勢を見せている、適切な身元引受人がいて再犯防止に期待できるといったケースです。また認知機能が低下しており継続的な支援が必要な場合には情状酌量が認められるケースもあります。
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5、認知症の方の事件で弁護士がサポートできること
認知症患者が起こした事件で弁護士がサポートできることは多岐にわたります。
逮捕されてしまった場合は、取調官の誘導により取り調べで不利な供述をしてしまうおそれがあるため、取り調べの録音録画を要請するなどして、適正な取り調べが行われるようけん制・監視します。
心神喪失が疑われる場合は、刑事責任能力を争うための弁護活動を展開します。精神鑑定を求めるほか、接見中の様子を録音録画する、精神科に通院していた際のカルテや主治医の意見書を取り寄せるなどして、訴訟能力や責任能力がないことを裁判官にアピールする活動を行います。
殺人などの重大犯罪は裁判員裁判の対象なので、一般市民である裁判員に対して心神喪失の概念や精神鑑定の経緯・結果を分かりやすく伝えるのも弁護士の役割です。また医療観察法にもとづく処遇の要否や内容を決定する審判には弁護士が付添人として資料の提出や意見陳述を行うことができるため、医療観察法による治療の必要がないとして入院を回避するための主張などを行うことが可能です。
刑事責任能力を争わない場合でも、弁護士が不起訴や刑の減軽を目指して活動します。たとえば、福祉事務所などと連携して再犯をしないための環境や支援体制の整備に取り組む、本人の反省を促す、被害者との示談交渉を行うなどの活動があります。
認知症患者による事件は、どの弁護方針が適切なのか、弁護活動ではどのような点に留意するべきか難しい判断を要します。的確な活動を展開してもらえるよう、刑事弁護の経験豊富な弁護士へサポートを依頼するのがよいでしょう。
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6、まとめ
認知症患者が刑事事件を起こした場合、家族としては認知症であることを理由に刑罰は免れるはずだと期待するかもしれません。実際、認知症を根拠に無罪判決が言い渡された事例は存在します。
ただしそのようなケースは数えるほどしかなく、責任能力を争うことが被疑者・被告人にとって必ずしもよい結果を招くとは限りません。事件の内容や本人の状況にあった活動を展開する必要があるので、認知症の家族が事件を起こした場合、早急に弁護士に相談しましょう。刑事事件の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所が全力でサポートします。
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