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クレプトマニア(窃盗症)とは? 診断されたら無罪になるの?
「万引き」といえば、旧来は小遣いが少ない未成年者が物欲しさから犯行にいたるというイメージがある犯罪でした。ところが、近年の統計では万引き事犯者の高年齢化が目立っています。
平成30年版の犯罪白書では万引きについての特集が組まれ、29歳以下の犯行は15.3%にとどまったのに対し、30~39歳が16.5%、40~49歳で17.3%、50~64歳では29.2%にのぼっていることが明らかになりました。構成比では65歳以上の犯行も目立ち、もはや万引きは「小遣いの少ない未成年者の犯罪」とはいえない状況です。
十分な資力があるにもかかわらず万引きを繰り返してしまう人は「クレプトマニア」という病気を疑うべきかもしれません。このコラムでは「クレプトマニア」でも窃盗罪として処罰されるのかを弁護士が解説します。
1、クレプトマニアとは
「クレプトマニア」とは、窃盗症や病的窃盗などと呼ばれる精神疾患の一種です。
窃盗、つまり「盗む」という行為は、対象となる財物について「欲しい」と感じながらも、他人の持ち物であったり、自らの資力では購入できなかったりするために敢行されます。ところが、クレプトマニアでは、特に「欲しい」と切望するわけでも、商品を買うためのお金がないわけでもありません。
本来の意思に反して、単に「盗む」という行為のみを繰り返してしまいます。その証拠に、クレプトマニアの人は、盗みをはたらいておきながら後になって「なぜ盗んだのだろう」と疑問を感じてしまったり、必要以上の物を盗んでしまったりすることがほとんどです。
財物欲しさに窃盗を繰り返す「常習窃盗」と混同されがちですが、医学的に存在が証明されている、明らかな精神疾患の一種として認識が広まっています。また、認知症や摂食障害、解離性障害など、ほかの精神疾患と併発するケースが多いのも特徴のひとつです。
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2、クレプトマニアと診断される基準とは
クレプトマニアという病気が存在することが日本で認知されはじめたのは最近の話です。従来は「手癖が悪い」と卑下されたり「反省がない」と厳しく非難されたりするだけで、病的に窃盗を繰り返してしまうという症状が存在することさえ知られていませんでした。
クレプトマニアの研究が進んでいるアメリカでは、アメリカ精神医学会が作成した「精神障害の診断・統計マニュアル」の最新版となる第5版においてクレプトマニアの診断基準が示されています。
この診断基準を、同マニュアルの略称とあわせて「DSM-5による診断基準」と呼び、日本においてもクレプトマニアと診断する際の基準として用いられています。
次のAからEの項目は、DSM-5による診断基準からの引用です。
B 窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり
C 窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感
D その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。
E その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明されない。
ここで挙げた基準に照らすと、衝動、スリル、快感が窃盗行為へと向かう傾向が明らかである場合はクレプトマニアを疑うべきだと考えるべきでしょう。もしこれらの症状に当てはまると考えるなら、早急に専門医から診断を得ておく必要があります。
窃盗罪で逮捕・起訴されたとき、クレプトマニアが発症していることを説明しても、医師の診断を得ていないのであれば「言い訳」や「否認」ととらえられてしまうだけです。DSM-5による診断基準に合致していることが、法廷でクレプトマニアを主張するための条件だと考えておきましょう。
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3、クレプトマニアの診断を受けるには
もし、あなた自身や家族のことを「クレプトマニアではないか?」と疑うのであれば、刑事事件となるよりも前に「クレプトマニアである」との診断を受けておくべきです。
では、クレプトマニアであることの診断はどのようにして受けることになるのでしょうか?
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(1)専門医での診察が必要
クレプトマニアは精神疾患の一種なので、診療科目は精神科や心療内科です。診察を受けたい、診断してもらいたいと考えるなら、精神科・心療内科を受診する必要があります。
ただし、クレプトマニアは近年になって理解が深まりつつある、比較的に新しい種類の精神疾患です。診療科目さえ合致していればどの医療機関でもよいとはいえません。正確な診断を得るためには、クレプトマニアの診察・診断に詳しい専門医がDSM-5による診断基準に基づいた検査を実施しなければならないのです。
事前にインターネットなどで情報を収集し、クレプトマニアの診察・診断実績が豊富な専門医を探しておくべきでしょう。 -
(2)クレプトマニアとは診断されないおそれがある
DSM-5による診断基準は、一見すると「自分にも当てはまる」と考えてしまいがちですが、容易には診断が得られません。
クレプトマニアの診断において根幹となるのはAの「個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗ろうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される」です。しかし、本人が「欲しい」と思うものであれば、形式的には合致しません。
このようなケースでは、本人が「欲しい」と思うという条件にだけ着目するのではなく、なぜそのタイミングで盗んだのかなどにも着目して診断が下される傾向があります。全体的には柔軟な診断が下されるようですが、原則としてDSM-5による診断基準に従うため、必ずしもクレプトマニアだと診断されるわけではないと心得ておく必要があるでしょう。
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4、クレプトマニアの治療方法について
「盗みたいわけではない」「万引きをやめたい」と切望している人にとって、クレプトマニアの治療は窃盗から決別する最善の手段です。クレプトマニアの治療方法を確認しておきましょう。
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(1)医療機関への通院
クレプトマニアは窃盗への衝動や依存症状が起きた原因を丁寧に探りながら解消していく必要があります。専門医での受診が必要となるのは当然ですが、継続した通院となることも覚悟しなくてはならないでしょう。
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(2)治療と更生に向けた努力を示すことが重要
クレプトマニアは精神疾患の一種なので、専門の医療機関で医学的なアプローチから治療を試みる必要があります。ただし、精神疾患の多くは医師の診察やカウンセリング、投薬だけでは完治できません。
依存症・中毒症の回復を目指した自助グループのなかには、自身のクレプトマニアに悩んでいる方が集まるものもあります。自助グループへの参加を通じて回復事例を学び、治療に向けた取り組みをはじめるのも効果的でしょう。
自助グループへの参加など、治療や更生に向かってアクションを起こしていることは、刑事事件に発展してしまった場合の有利な事情としてはたらく可能性があります。
クレプトマニアであることを診断したうえで有効な治療法を示してくれる専門医やクレプトマニアからの回復を目指す自助グループを探すなら、弁護士への相談をおすすめします。各方面の専門家との連携が強い弁護士なら、クレプトマニアの専門医や自助グループの紹介を受けられる可能性があります。
医療機関や自助グループを活用して治療・更生に取り組んでいる姿勢を証明することも可能なので、頼るべき相談相手がいない場合はまず弁護士に相談するのが最善です。
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5、クレプトマニアで無罪・減軽になることは?
世間が注目する大事件のなかには、精神疾患が犯行の理由になっているものもあります。精神疾患であることが認められて無罪になったケースもわずかながら存在するので、クレプトマニアも同様に無罪になったり、罪が減軽されたりする可能性があるようにも思えるでしょう。
クレプトマニアであることは無罪・減軽を獲得する理由になるのでしょうか?
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(1)争点となるのは「責任能力」
刑法第39条1項は「心神喪失者の行為は、罰しない」と明記しています。また、同条2項には「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」とも定めています。
心神喪失とは自らの行為について善悪の判断がまったくできない状態を、心神耗弱とは行為の善悪を判断する能力が著しく低い状態を意味する用語です。
犯罪として規定されている行為について善悪がつかない状態であれば、刑罰を加えてもその意味や戒めを理解できません。この状態を「責任無能力」といいます。反対に、正常な状態で善悪の判断が十分にできる状態を「完全責任能力がある」といいます。
もし医師が心神喪失・心神耗弱の状態であると診断しても、その事実をもって必ず無罪・減軽が獲得できるわけではありません。起訴・不起訴の判断を下すのは検察官、量刑を判断するのは裁判官であり、医師の診断はあくまでもこれらの判断材料のひとつであると心得ておきましょう。 -
(2)クレプトマニアを理由に無罪判決が下される可能性は低い
クレプトマニアは、善悪の判断がつかないまま窃盗行為を繰り返してしまう精神疾患の一種です。このように説明すると、クレプトマニアによる窃盗は「責任能力を欠いている」といえるかもしれません。
ただし、実際の窃盗事件の事例をみると、クレプトマニアであることだけを理由に無罪を期待するのは困難だといえます。
平成26年に大阪高等裁判所で争われた裁判では、窃盗事件の被告人がクレプトマニアであることを理由に心神耗弱を主張して減軽を求めました。裁判所は、治療が被告人にとって必要かつ有効だと認めつつも、それが刑事責任を大きく減殺する理由にはならないと判示しています。
クレプトマニアであることだけをとらえても心神耗弱による減軽が認められない以上、さらに責任能力を欠く心神喪失の状態にあると主張しても、無罪判決は期待できないでしょう。 -
(3)再犯の場合は厳しい処罰も有り得る
すでに万引きやほかの犯罪によって前科・前歴がある場合は、クレプトマニアといえども厳しい処罰を受けるおそれがあります。
前回が初犯で、弁済のうえで店舗側の許しを得られていた場合、前回は「微罪処分」で済まされていた可能性があります。
微罪処分は警察署限りで事件を終結する手続きなので前科にはなりませんが、再度の犯行で再び微罪処分となる可能性は低いと言わざるを得ないでしょう。そのたm、え再度の犯行では逮捕・検察送致を避けられないおそれが高まります。
前回が執行猶予付きの判決で、今回の犯行が執行猶予の期間中であれば、1年を超える懲役刑が下されると再度の執行猶予は認められません。
前科・前歴がある場合は、クレプトマニアであるという理由だけを強く主張しても厳しい処罰は免れないと考えておくべきでしょう。 -
(4)減軽の獲得には治療・更生の努力を示す必要がある
クレプトマニアで心神喪失を主張するのは現実的に不可能ですが、心神耗弱として減軽が認められる可能性は残されています。ただし、過去の裁判例をみると、心神耗弱の認定でさえ厳しい判断が下されているため、単に「クレプトマニアと診断されている」と主張するだけでは足りません。
心神耗弱の状態にあることを主張し、減軽が認められるには、専門医の正確な診断と治療に取り組んでいる姿勢を示したうえで、更生に向けて自発的にアクションを起こしている事実を具体的に提示する必要があると心得ておきましょう。
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6、クレプトマニアに対する弁護の方向性について
クレプトマニアの疑いがある、あるいはすでにクレプトマニアの診断を受けた方が万引きをしてしまった場合、どのような弁護活動を展開することになるのでしょうか?
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(1)被害回復のうえで和解を目指す
万引きは刑法に照らすと窃盗罪にあたります。窃盗事件の被害者の多くは、加害者の処罰よりも被害の回復を優先する傾向があるので、まずは盗んだ商品の返還や買い取りによって被害を回復し、許しを請うのが最善です。
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(2)クレプトマニアの治療に向けた取り組みを示す
病気のせいで盗みを繰り返してしまうのだとしても「私はクレプトマニアだから仕方がない」と開き直ってはいけません。クレプトマニアから立ち直りたいと切望している姿勢を明示するために、継続的に専門医による治療を受けていることや、自助グループに積極的に参加していることなどを示すのが大切です。
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(3)クレプトマニアの遠因を特定・廃除したことを示す
クレプトマニアの発症を招く遠因と考えられている要素はさまざまです。強度のストレスに悩まされている、対人コミュニケーションがうまくない、過食・拒食といった摂食障害を引き起こしている、認知症を併発しているといった状況は、クレプトマニアの発症と密接に関係していると考えられています。
専門医の指導を受けながらクレプトマニアの遠因を特定したうえで、その廃除を実現していることを示せば、改善・更生が期待できると評価されやすくなるでしょう。 -
(4)責任能力を争点に減軽獲得を目指す
重度のクレプトマニアであれば、心神耗弱を理由として刑事上の責任能力を欠いていることを主張し、減軽の獲得を目指すという方法もあります。
クレプトマニアであることの診断に加えて、ほかの精神疾患との併発も認められれば、裁判官が心神耗弱の状態であることを認める展開も期待できるでしょう。
責任能力がない、もしくは著しく低いことを主張するには、客観的な証拠が必要です。専門医による診断はもちろん、これまでの前科・前歴や平素の生活状況なども責任能力の有無を証明する証拠となります。
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7、万引き・窃盗で逮捕されたら速やかに弁護士に相談を
万引きをはじめとした窃盗事件を起こして逮捕されてしまった場合は、直ちに弁護士に相談しましょう。クレプトマニアであることの主張に限らず、弁護士に相談してサポートを受ければ、早期の釈放や厳しい刑罰の回避が期待できます。
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(1)取り調べに際するアドバイスが得られる
警察に逮捕されると、身柄を拘束されたうえで警察官・検察官による取り調べを受けることになります。
逮捕直後から数日間の取り調べにおける供述は、事件から時間が経過していない段階なので特に信用性が高いと評価される傾向があります。
この段階で不利な供述をしてしまうと、その後も厳しい評価を受けて重い刑罰が下されてしまう事態につながるので、弁護士に相談して取り調べに際するアドバイスを受けましょう。 -
(2)早期釈放に向けたサポートが得られる
警察に逮捕されると、逮捕・勾留による身柄拘束が72時間、勾留が最長20日間で、合計23日間にわたって社会から隔離されてしまう可能性があります。自宅に帰ることも、会社や学校へと通うことも許されません。
弁護士にサポートを依頼すれば、捜査機関や裁判官へのはたらきかけによって早期釈放が実現する可能性が高まります。 -
(3)被害者との示談成立が期待できる
窃盗事件を穏便なかたちで解決するためにもっとも有効なのが、被害者との示談です。心から謝罪し、被害を弁済することで、被害届の取り下げを求めます。示談が成立し、被害者が被害届を取り下げてくれれば、検察官が不起訴処分を下す可能性が高まるでしょう。
すでに検察官が起訴に踏み切っている場合でも、被害回復がなされていることは量刑判断に大きな影響を与えます。謝罪・弁済が尽くされていれば、刑の減軽や執行猶予の獲得も期待できるでしょう。 -
(4)クレプトマニアの診断・治療に向けた支援が期待できる
特に欲しいわけでもない物を盗んでしまう、反省しているつもりなのに衝動を抑えられず万引きを繰り返してしまうといった状況があればクレプトマニアを疑うべきです。弁護士は各種の専門家と強いつながりをもっているので、クレプトマニアの診断が可能な専門医の紹介や自助グループへの参加支援が期待できます。
クレプトマニアが原因となり、自分ではしたくもないのに万引き・窃盗を繰り返してしまうという方にとって必要なのは懲罰よりも治療です。弁護士のサポートによってクレプトマニアからの回復を目指すことは、再犯の予防にもつながるでしょう。
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8、まとめ
お金を十分に持っているのに衝動的に万引きをしてしまう、特に必要のないものでも盗んでしまうといった事件を繰り返しているなら、クレプトマニアを疑うべきです。クレプトマニアであることが客観的に証明されれば、不起訴処分や刑の減軽が受けられる可能性があります。
ただし、自分で「衝動を抑えられない」「つい万引きをしてしまう」と主張しても、捜査機関や裁判官からは言い逃れや否認ととらえられてしまうでしょう。
クレプトマニアが疑われる状態で万引きなどの窃盗事件を起こしてしまった場合は、刑事事件の弁護実績が豊富なベリーベスト法律事務所にご相談ください。クレプトマニアであることの診断・治療の支援や被害者との示談交渉を通じて、厳しい刑罰の回避を目指し全力でサポートします。
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